2020.09.08

ヒシダデンキの歴史 社長ブログ

ヒシダデンキの歴史 第2回『ライオン丸見参』

ヒシダデンキの歴史 第2回『ライオン丸見参』

ヒシダデンキの歴史 第2回『ライオン丸見参』

子供の頃の私は、チラシを細長く丸め日本刀に模した紙の刀を背中に差し、特撮テレビドラマのヒーロー『ライオン丸』となり、店外に展示してあったビクターのシンボル犬『ニッパー』にまたがって、ライオン丸ごっこ遊びをしていました。その時、ビクターのシンボル犬『ニッパー』はライオン丸となった私の愛馬となって疾走し、悪の組織とともに戦うパートナーとなっていました。もちろん妄想です(笑)とはいえ、幼少期の私にとって、ヒシダデンキの店内や店の周りは遊び場でもありました。

 

前回のお話で、菱田電気商会の社名のルーツとして、創業者の田中が三菱電機から独立して、とご説明させていただきましたが、当社は『三菱電機ストア』ではありましたが、ビデオは『ビクター』をおすすめしていました。通常、街の電器屋さんは、メーカー系列の販売店として、特定のメーカーを専売するのが一般的でしたが、先代社長である父は、『自分が良いと思うものを販売したい』という想いから、三菱電機以外の家電製品も販売していました。今の時代を考えると当たり前の事かも知れませんが、当時の家電メーカーからすると、異端的な存在でありましたので、ちょっとした軋轢もありましたが、今でも、当社が特定のメーカーにこだわらない商品のご提案をしているのは、この頃からの『自分が納得し、信頼できる商品』をお客様にお勧めしたい、という姿勢が根付いているのだと思います。

 

また、父にはお客様との商談へのこだわりがありました。それは、お客様のお宅に商談に行く前は、服を着替え、ネクタイをする、ということです。お客様にお時間をいただいての商談では、作業をした服のままお伺いすることは、ほとんどなかったと思います。当時、店舗の入っている集合住宅の2階に住んでいましたが、姉や弟と家でテレビを見ていると父が一旦帰ってきます。仕事が終わって帰ってきたと、喜び勇んで玄関に迎えに行きますが、父は服を着替え、ネクタイをし、再び仕事に向かい、帰ってくるのは夜遅く、ということが多かったです。子供の頃、仕事ばかりで一緒に遊んでくれる時間がないことに寂しさはありました。でもネクタイを締めて出て行く姿は、どこか誇らしげに感じていたようにも思います。幼少の頃の自分にとって、日本刀を背負ったライオン丸同様、ネクタイを締めた父もヒーローだったのかもしれません。

 

お客さまのことを考えた商品提案とマナーや礼儀は、父が創業者からヒシダデンキを引き継いだ時から大切にしていた精神だと思います。中学生の頃、父と一緒に家電配達やエアコン工事に行った際には、『靴を揃える』、『正座をする』、頂き物をするときは、『頂戴します』と言うようにと、お客さま宅でのマナーを教わったことを思い出します。当時からご贔屓にいただいているお客さまからは、父がいつも笑顔でニコニコとしながら、礼儀正しくお客さまと接していた、というお声をいただきます。こうした姿勢と精神は、自分がヒシダデンキの責任者となったとき、しっかり引継ぎ、根付かせていかなければいけないな、と感じたことでもあります。『ライオン丸』と『ニッパー』と『ネクタイ姿の父』は私の幼少期のヒシダデンキの印象深い思い出です。